2011年 01月 29日
市の管理職は地域ボスの不正を容認するな |
一見、親切を装って丁寧な説明を受けて、感謝と快さで終わったはずが、後にまったく嘘や当面のごまかしであったことがわかったときほどショックが大きい。
その怒りの対処にいくつもの方法があることを知ったのは、そう遠くはない。
不正や不合理に対する怒りの発生は、対応する職員個人の人間性に左右される場合も少なくないが、私たちが問題とするところは、行政組織特有の体質である。特に大阪市は市民を欺く知恵に長けているのに感心する。その分許せないという思いが原動力になる。
知識のない市民を騙すのに、段階があるのだろうか?正直に誠意をもって説明責務を果たしている職員の足をひっぱり、ひいては行政への市民の信頼を消滅させることにつながっている。
前述したように、例えば、偽りの領収書を添付して補助金を不正受給することに対しては、どの職員からもどの管理職からもNOと言われねばならない。そこが一致していないのが大阪市行政の体質である。
平松市長は、情報公開に関しては積極的にオープンの姿勢を示している。担当職員らの努力も大きい。しかし、同じ内容の資料を請求しても、別の請求人には別の資料が提供されていることがある。また、最近は簡便に情報提供という手続きで求める内容の資料を早く調達してもらえることも多くなった。複雑な内容を担当職員がまとめてわかりやすい加工資料として提供する場合も多くなった。
確かにそれで十分事足りる場合がある。コピー代も節約できる。
しかし、本当の行政の仕事の内容を知りたいときには、なかなか手が届かない。何度も公開請求を繰り返してようやくたどり着く。事後になって、(やられた!)と思うことがある。大阪市だけでなく、大阪府も同じ体質である。
具体例はどこかで報告したいが、情報公開が公開方法の技術を磨く方向に進んではいけない。
行政に有利な情報だけを「資料提供」で市民に渡すことで問題が治まるはずがない。
情報は市民のもの。姑息な配慮は不要である。
市民もまたこういう場合への対応を学習していく必要がある。
その怒りの対処にいくつもの方法があることを知ったのは、そう遠くはない。
不正や不合理に対する怒りの発生は、対応する職員個人の人間性に左右される場合も少なくないが、私たちが問題とするところは、行政組織特有の体質である。特に大阪市は市民を欺く知恵に長けているのに感心する。その分許せないという思いが原動力になる。
知識のない市民を騙すのに、段階があるのだろうか?正直に誠意をもって説明責務を果たしている職員の足をひっぱり、ひいては行政への市民の信頼を消滅させることにつながっている。
前述したように、例えば、偽りの領収書を添付して補助金を不正受給することに対しては、どの職員からもどの管理職からもNOと言われねばならない。そこが一致していないのが大阪市行政の体質である。
平松市長は、情報公開に関しては積極的にオープンの姿勢を示している。担当職員らの努力も大きい。しかし、同じ内容の資料を請求しても、別の請求人には別の資料が提供されていることがある。また、最近は簡便に情報提供という手続きで求める内容の資料を早く調達してもらえることも多くなった。複雑な内容を担当職員がまとめてわかりやすい加工資料として提供する場合も多くなった。
確かにそれで十分事足りる場合がある。コピー代も節約できる。
しかし、本当の行政の仕事の内容を知りたいときには、なかなか手が届かない。何度も公開請求を繰り返してようやくたどり着く。事後になって、(やられた!)と思うことがある。大阪市だけでなく、大阪府も同じ体質である。
具体例はどこかで報告したいが、情報公開が公開方法の技術を磨く方向に進んではいけない。
行政に有利な情報だけを「資料提供」で市民に渡すことで問題が治まるはずがない。
情報は市民のもの。姑息な配慮は不要である。
市民もまたこういう場合への対応を学習していく必要がある。
by mihari-obz
| 2011-01-29 10:16